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登檣礼

登檣礼をすべての人に捧ぐ・・・
月別アーカイブ  [ 2009年09月 ] 

そして新たな海へ

091609 235057



9月と言えど日中はまだ日差しが強く、外に立っているとじんわりと汗が滲んでくる。
たまに吹き抜ける涼やかな風だけが、もうすぐ秋が訪れることを告げているようだ。

ロンドンの商館管理局の前に、一人の少女が立っていた。この時期管理局はとても忙しく、職員は多くの訪問者の対応に追われている。彼女は職員に話しかけるでもなく、ただじっと窓口のそばに立っているだけであった。


「どうかなさいましたか?」
人が疎らになったのを見計らって、職員が少女に声をかけた。
「え…、あの……」
少女は職員の顔をちらっと見たが、すぐに目を反らしてしまった。
「たまにお見かけしますが、ロンドンの商会の方でいらっしゃいますか?」
「…はい、そうです」
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「マリー、…マリー・ゴードンです」
「マリー様……ああ、17番商館の方ですね。今日は……納品にいらしたんですね」
職員は手元の分厚い書類をパラパラとめくり、何かを探している。
「ええと、マリー様の商会は、ベルベットジュストコール、竹ぼうき……あとは……」
「竹ぼうきを…用意してきました。4本です」
マリーは船員に持たせていたバッグを職員に渡すよう命じた。
「ご苦労さまです。では今月の特典をお渡し致しますね。来月もよろしくお願いします」
「……あの、来月は……ないです」
「はい?」
職員は少々間の抜けた声で聞き返した。
「あの、商会を脱退したいんです」
「おや、そうでしたか。それは残念」
職員は合点のいった表情で、マリーを見返した。
「よろしければ、脱退の理由をお聞かせ願えませんか」
「えっと、そんなに深い理由はないんです。」
マリーはしっかりとした口調で話し始めた。自分が荷物持ちであることを承知の上で勧誘してもらったこと。実際荷物持ちとして活動していたため、海に出ることもなく、商会員と行動を共にすることがなかったこと。でも納品だけは欠かさずにやっていたことなど、色々な事を話した。
「それで、私もこの前やっと縫製マイスターになったんです。なので、これを機に新しい海に出たくなりまして、それで皆さんとはしばらくお別れしようと思ったんです」
「なるほど。ということは、いずれお戻りになると?」
「それはわかりません。もしかしたらこのまま荷物持ちとしての職に甘んじてしまうかもしれません。そしたらまた今までの人生の繰り返しになってしまいます。わかってはいるんですが、特にやりたいこともないですし、陸にあがってのんびりするのも悪くないと思ってます」
「ふむ。それでもいいと思いますよ。あなたの人生なんですからあなたが決めればいいのです。その選択は誰にも迷惑をかけませんし」
「はい……」
「あなたの人生は正しくないかもしれないけど、間違ってもいないと思います。ひとついい言葉を教えてあげましょう。これをごらんなさい」
そう言って職員は、1枚の羊皮紙をマリーに差し出した。


迷えるあなたへ
世界はとても美しいものです
悲しみと涙に満ちた日々にあっても
しっかりと瞳を開きなさい
他人に合わせて退屈な日々を過ごすことなく
やりたいことをしなさい
大勢や効率といったものに流されることなく
なりたい者になりなさい
与えられた環境から抜け出すことを恐れず
それに力を貸してくれる友達を見つけなさい
そして
焦らずにゆっくりと大人になりなさい



「いいでしょう。私が師と仰ぐ人の言葉です。他人と交われなかった私が、自分の道を見つけ出して、自力で仲間を増やしていけたのも、この言葉を支えにしてきたからなんです」
職員はちょっと照れ臭くなって、鼻の頭を掻いた。
「あなたはさっきまで、そこでずっと何かを躊躇っていましたよね。それは商会を脱退することを躊躇っていたのではなく、その後どのような航海を続けていくか迷っていたんじゃありませんか?」
「…はい。そこに迷いがありました」
「でしょう。だったらこの言葉、心に留めてみてはいかがですか」
「そうですね。私は私の思ったとおりに進めばいいんですよね。何というか、あまり経験したことのない状況だったんで、ちょっと気を張りすぎていたのかもしれません」
マリーは少しほっとした表情を見せた。
「職員さんありがとう。私これからも頑張れそうな気がします」
「いいえ、どういたしまして。迷える航海者に救いの手を差し伸べるのも、私たち管理局の務めですから。それで、脱退の手続きはどうなさいますか?」
「あ、はい。脱退手続きはお願い致します。先ほどいらした会員の方にはさよならを言ってきたので」
「そうですか。では脱退申請を受理致します。お疲れ様でした」



今日も世界中の拠点では、商会員募集の叫び声が絶えない。
その声は、少女の耳に届いているだろうか。




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[ 2009/09/17 00:58 ] 航海日記 | TrackBack(0) | Comment(2)
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