丘の上の珈琲店 -Happy Birthday-丘の上に珈琲ショップがあって、私はそこで働いている。
彼女はいつも息を切らせて丘を上ってくる。今日も閉店間際に飛び込んできた。
私は彼女が好きだ。
「このバナナのやつが飲みたいです」
「かしこまりました。少々お待ちを」
「……」
「……どうしました?」
「……いえ、なんでもないです」
彼女はちょっと不思議そうな顔で、私の正面のカウンターに座る。
閉店間際に訪れて、手間のかかるものを注文する。
私がちょっと困った顔をするのを見るのが好きなんだろう。
でも今日は彼女のオーダーにすんなり応じてみせた。ちょっと意地悪だったろうか。
いつものように、彼女は私の顔をじっと見ている。チラッと目線を送るとあわてて私の手元に視線を移した。
今日は手間のかかるものでも、素直に注文に応じてみた。なぜなら今日は特別な日だから。
「お待たせしました」
シナモンを乗せたクリーム色のグラスを彼女の前に滑らせる。グラスの縁に小さなカードを挿んで。
「……?」
彼女はちらっと首をかしげ、そのカードを見つめる。それから私の顔を見て、とても柔らかく微笑んだ。
「知ってたんですか?」
「ええ、前にお尋ねしたことがありましたよね」
「えへへ、そうでしたっけ」
私と彼女はしばらく目線を合わせたまま、しばらく固まってしまった。
「じゃあ4日後に何かお返しをしないと」
彼女は人差し指を唇にあてて、天井を仰いだ。
「あなたも、覚えていてくれたんですね」
「覚えてましたよ。お返し、何がいいですか」
いたずらっぽく微笑む彼女と一緒に、私も天井を仰ぐ。
「それでは、いつものやつをごちそうになりましょう」
彼女に視線を戻し、軽く笑いかけてみた。
私は、彼女のことが好きなんだと思う。
そしてたぶん、彼女も。
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