登檣礼

登檣礼をすべての人に捧ぐ・・・

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帰れる場所があるから ~中編~

薄曇のセビリアは、昨日から緊迫した空気に包まれていた。
普段は閑静な面持ちを見せている商館街も、いつもとは異なる雰囲気であった。各商会が港湾戒厳令への対策を練ろうと人を集め、さらに交易所や管理局への情報収集に走り、酒場や港での動向を観察しようと、水夫や航海者の出入りが頻繁に行われていた。

ここ3番商館も例外ではなく、各方面からの情報収集に励んでいた。

「困ったなぁ。しばらく蜂蜜とジャムの買い付けはお預けかなあ」
褐色の小娘が椅子に座って足をブラブラさせている。
「まあそんな長いこと封鎖することもないだろう。市場にも影響は出てくるからな。おい、港の状況はどうだ」
カウンターの上に腰掛け、琥珀色の瓶を手の甲でなぞりながら商会長が言った。
「相変わらずでさぁ。黒鯱とそれに随伴する艦隊が停泊したまま、動く気配はありやせん」
水夫の1人が答えた。
「それと、さっきポルトガルの豪商が艦隊引き連れて入港したって話でさぁ。このきな臭い最中に何考えてるんでしょうねえ」
「ポルトガルの豪商・・・サルミエントのことか」
赤銅髪の男がぽつりとつぶやき、さらに続けた。
「・・・いや待て、この状況で入港してきたってのはどういうことだ?」
男は商会長と顔を見合わせた。
「黒鯱の艦隊がいて、サルミエントの艦隊がいる。おまけに多国籍の戦艦が集まってるということは・・・」
「今回はちょいと危険な香りがするな。こんなに多国籍の艦船が集まってるところを見ると、オスマンへの大攻勢、それもかなりの規模で仕掛けるのかも知れん」
「オスマン帝国か・・・。地中海が火の海になるのは避けたいところだが」

ふと、外の喧騒がピタリと止んだ。一同が不思議に思い外の様子を伺おうとした瞬間、勢いよく扉が開き水夫が駆け込んできた。
「か、会長、黒鯱の旦那が来やしたぜ!」
言い終わるのと同時に、水夫の後ろから男が姿を現した。
「・・・バーボンハウス商会長はいるかな」


バルタザールは商会長とカウンターに並んで座った。目の前には琥珀色の酒が2種類置かれていた。
「隊長殿はウィスキーはお嫌いですか」
「いや、ウィスキーは特別な酒だからな。気楽に飲めるこっちで我慢しておこう。・・・今は忌々しい酒だがな」
彼はダークラムの入ったグラスを指先で弾いて見せた。
「忌々しい、とは意味深ですな。こちらにお出でになったのと何か関係がありそうですが」
「・・・ああ。実は頼みがあって来たのだ。今回ばかりは相当まずいことになっている」
表情がいつになく強張っているのを見て、周りにいた全員が一瞬息を呑んだ。
「それで、頼みというのはなんでしょう」
「・・・単刀直入に言おう。バーボンハウスの精鋭を貸してほしい」
彼は鋭い視線を商会長に向けた。そしてじっと目を見たまま続けた。
「しかし今回は大西洋の向こう側まで遠征してもらわねばならんのだ。なので今までのような数日間の随行とは訳が違う」
ラムを一気に呷って、彼はしばらく沈黙した。
「何かが始まるという予想はついていました。しかし遠征地と艦隊規模が予想以上です。もう少し詳しく聞かせてもらえませんか」
商会長が平静を装って彼に尋ねた。彼はひとつ息をつくと振り返り、商館内に集まった商会員に向かって話をはじめた。

「最近カリブ海で、海賊被害が急増しているのは皆も知っているだろう。イスパニア海軍も総動員で取り締まりにあたっているが、なかなか奴らを捉えることができない。それどころか、海軍が海賊に沈められるという失態までやらかす始末だ。それだけ大掛かりな組織ならば、アジトに関する情報が入ってもいいだろう。しかしそんな情報は一切得られないままだ。噂によると、その海賊の拠点となっているのが、各国の開拓地らしい。そしてその海賊の頭領が、あのマルナード一派ではないかと見られている」
「マルナードといったら、あの大海賊じゃないですか。なんで開拓地の役人は取締りを行わないんです?」
「ふむ。最近ヨーロッパ周辺の海洋国で、不正を働く政府高官が増えているのを耳にしたことがあるだろう。彼らは本国を追われそうになると、カリブ海の各国開拓地に逃げ込み、あっちで次々と勢力を拡大しはじめているのだ」
「つまり、その高官とマルナードが組んでカリブの制海権を広げている、ということですか」
「ああ、確証は無いがほぼ間違いないだろう。そこでカリブの広範囲を治める我がイスパニアと、黒鯱傭兵艦隊、そして各国の自由艦隊で大規模な攻勢をかけようということになった」
「黒鯱艦隊が遠征するなら相当な戦力ですよね、我々に援軍を要請する必要はないんじゃないかと」
「ああ、はじめは余裕だったさ。だがな、最悪なことに、ある国があっちの味方についてしまったんだ。・・・そう、宿敵ポルトガル海軍さ」
「なんと・・・!」
一同に緊張がはしった。イスパニアとポルトガルが敵同士になるということは、イベリアに戦火が広がる可能性が高いことを誰もが感じていた。
「もちろんポルトガルが国家を挙げて悪事に手を染めているわけではないだろう。だが一部の艦隊がすでにカリブへ向けての出港準備を整えているのは事実だ。そこにマルナードがいたことも確認している」
「なるほど。それで我々に援軍を要請しに来られた、というわけですか」
「ああ、バーボン艦隊は昔から強力な戦力として役立ってもらっている。今回も是非ともお願いをしたいところだが・・・」
バルタザールが言いよどんだ。皆、次の言葉を待ったが、彼は続けようとしない。そこで、赤銅髪の男が口を開いた。
「ポルトガル海軍と対峙するのであれば、イベリア全面戦争も避けられない。だからイスパニア国王およびイスパニア海軍の名の下に兵を動かすことはできない。となると、バーボン艦隊は黒鯱以外の庇護を受けずに出陣しなければならない。いやそれどころか、イスパニアの意向を無視した戦闘行為に及ぶ者として処罰されかねない、といったご心配があるのですな」
「・・・さすがだな。そこまで見通しているとは。無論、戦況が好ましい場合は今回の傭兵共々手厚い歓迎を受けるであろう。しかし泥沼化したときには、我々を生贄としてポルトガルの和平交渉に臨む可能性があるのだ」
「つまり、バーボンハウスの命運も共にしなければならないと・・・。それでしたらご心配には及びません。私が商会を脱退して参戦すればいいだけのこと」
商会長ははっきりと、商館に響き渡るような大きな声で告げた。
「バーボンハウスの創成期から、黒鯱艦隊にはお世話になっていると聞きます。一番困っているときに手助けをしない者が、この伝統ある商会の長と言えましょうか。商会員にとってもそうです。所属する国は違えど、イスパニアを、セビリアを愛する心は同じはずです。それを守る為に、自らの手を汚すことを厭うてはならないのです。ある人の言葉なんですが、帰れる場所があるから、強くもなれるし、弱くもなれる。それがバーボンハウスなんだそうです。私もその言葉通りだと思います。なので、帰れる場所を無くさない為にも、一旦ここを離れることを何ら恐れてはいません。なぜなら、いつだってここに帰ってくることができるから」
「言ってくれるではないか。今も昔もバーボンハウスは熱いな・・・」
バルタザールは立ち上がって商会長とがっちり握手を交わした。
「会員諸君、聞いての通りだ。私は本日を以ってこの商会を一時脱退する。そして黒鯱艦隊と共にカリブへ遠征する。共に来る者がいれば歓迎しよう。留守を預かってくれる者がいれば、それも歓迎しよう。急ぎ全商会員に伝達し、意思の確認を行う。それと・・・」
商会長は赤銅髪の男に向かって言った。
「私が不在の間あなたに商会長を任せたいのだが、頼まれてくるか」
「いいでしょう。剣よりペンのほうが私には似合っていますからね、留守の間しっかりと守っておきます」
「よし、これで思い残すことは何も無い。そうと決まればさっそく出港準備にかかるとしよう。疾風の名を汚さぬようにな!」
「大砲の準備はお任せを。バルセロナから直ちに運ばせます」
「船の耐久は大丈夫ですかい?名工なら腐るほどあるんで使ってください」
「じゃあ私は料理を提供します」
商会員たちの職人魂に一斉に火がついたかと思うと、次々と商館を出て行った。そして商館にはバルタザールと商会長だけが残された。
「さてと、バーボン艦隊には早急にサントドミンゴまで直行してもらいたい。サルミエントの艦隊はサンフアンまで直行させる。それぞれの港にはすでにいくらかの傭兵艦隊が待機しているので、彼らに合流するのがまず第一の目標だ」
「了解しました。それで、黒鯱艦隊はどのように動かれるおつもりで」
「我々はカナリア沖で一戦交えようと思う。最近は無法地帯と化しているが、あそこは自国領だ。我々が討伐に出向いても文句は無かろう。それに、カリブへの戦力集結の時間稼ぎも必要になるからな」
「くれぐれもお気をつけて」
「ああ、ではカリブで会おう。またな」






やっぱ長くなったので、後編を分けることにしました。
「おぉ、そうきたか!」と思ってもらえるような驚きの展開にできたらいいなぁ。

尚、この物語はフィクションであり、ポルトガルを批判する意図は決してありません。
イスパニアの手ごろな敵としてピッタリだったというだけです。
あとW杯でも奇しくもポルトガルとスペインがぶつかりましたしね~。


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[ 2010/06/30 23:33 ] 書き物 | TrackBack(0) | Comment(4)
なんか、私がえらいかっこよく書かれてますねえ。
続きが楽しみですよー^^
[ 2010/07/02 16:00 ] [ 編集 ]
続きはまだ書いてないです。
オチは考えてあるんで、そこまでどうやって持っていこうかというところです。
[ 2010/07/03 01:34 ] [ 編集 ]
何かコッソリ出演している・・・!
ありがとう~( ´・∀・`)

[ 2010/07/08 21:55 ] [ 編集 ]
誰かと思った(´・∀・`)
[ 2010/07/10 01:34 ] [ 編集 ]
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